横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)2166号 判決 1972年7月22日
原告
萩野正明
ほか一名
被告
株式会社まるあ運輸商会
ほか二名
主文
被告株式会社まるあ運輸商会及び被告小笠原桂純は連帯して原告両名に対し各金二、〇九八、三六七円及びこれに対する昭和四二年七月二五日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。
原告両名の右被告両名に対するその余の請求及び被告森克に対する請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用中、原告両名と被告株式会社まるあ運輸商会及び被告小笠原桂純との間に生じた分はこれを二分しその一を同被告両名の連帯負担としその余を原告両名の負担とし、原告両名と被告森克との間に生じた分は原告両名の負担とする。
この判決は、第一項及び第三項に限り、仮りに執行することができる。
事実
原告両名訴訟代理人は、「被告らは各自原告両名に対し各金四、一七〇、八四〇円及びこれに対する昭和四二年七月二五日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として別紙(一)記載のとおり陳述し、被告会社及び被告森克の主張に対し別紙(三)記載のとおり反論した。〔証拠関係略〕
被告株式会社まるあ運輸商会及び同森克両名訴訟代理人は、「原告両名の各請求を棄却する。訴訟費用は原告両名の負担とする。」との判決を求め、答弁として別紙(二)記載のとおり述べた。〔証拠関係略〕
被告小笠原桂純は、本件第一乃至第三回各口頭弁論期日に出頭はしたが、この間なんらの訴訟行為もせず、第一回口頭弁論期日前に答弁書その他の準備書面の提出をもしない。
理由
第一 原告両名対被告株式会社まるあ運輸商会及び同森克の間
一 請求の原因一の事実(被告小笠原と被告会社との当時の関係)は、当事者間に争いがない。
二 同二(事故の発生と被告小笠原の過失)は、「被告小笠原が原告両名主張の日時、場所で本件自動車を運転左折するに際し横断歩行中の訴外萩原郁に自車を接触させ、因つて同女を死亡するに至らしめた。」ことは当事者間に争いなく、「その余の事実」は、右の事実と〔証拠略〕により、これを肯認することができる外、以上の事実と〔証拠略〕を綜合すると「本件事故現場は横浜方面から東京方面(南から北)に至る歩車道の区別ある全幅員三六m、車道幅員二八mの主要幹線道路である国道一五号線(通称第一京浜国道、以下甲道路という。)とT字型に交差する幅員一四・六米(路肩を含む。片道二車線で、路肩を除く有効車道幅は約七m)の東方出田町埠頭に通ずる歩車道の区別のない道路(以下乙道路という。)との交差点(出田町交差点)の乙道路から同交差点に入る一寸手前で、同交差点は自動信号機により交通整理が行われており、周囲は市街地で乙道路はアスフアルト舗装、平坦、当時乾燥、車両の交通量多く、人のそれは普通、見透しよく、交差点手前には当時歩行者用の横断歩道の標示も標識もなく、付近に横断歩道橋もなかつた。これにひきかえ甲道路上にはこれを横断する歩行者のために右交差点の両側にそれぞれゼブラ模様の横断歩道の標示があつた。原告両名及びその長女訴外亡郁(被害者)の住居兼店舗(米穀商)はこのT字型交差点の南東角にあり(即ち、その居宅兼店舗の西側は甲道路の歩道に接し、北側は乙道路の路肩に接していた。)、従つて本件事故は原告両名の居宅兼店舗の直前で発生した。そして横断歩道の状況が右の如くであつたから、甲道路の横断歩行者は信号に従つて自然に横断できるわけであるが、原告両名宅から乙道路の反対側に行く場合又はその逆の場合(乙道路横断の場合)は、ルールに従えば一旦甲道路の歩道に出て同道路上の横断歩道を渡つてその反対側に到りそこの歩道を歩行して再び甲道路上の反対の横断歩道を渡つて同道路の歩道に出るという極めて迂回した不自然な方法でしか横断できない状態にあつた。
このような状況の下において、
(一) 被告小笠原は本件自動車を運転して(運転助手訴外塩澤政美同乗)出田町埠頭方面から右交差点に向いここで左折するつもりで乙道路の第二車線を走行してきたところ、同交差点の手前で対面信号が赤色になつたので交差点直前の停止線に自車の最先端がかかるような状態で一時停止しタバコに火をつけて専ら信号に注意を奪われその変るのをまつていた。このとき本件自動車の左横、第一車線上には大型トラツク一台が並列して停止していた。その中対面信号が赤色から青色に変つたので、同被告は本件自動車を発進させ時速四km~五kmで甲道路の横浜方面(南方)に向い左折しようとした折柄同車の直前方を右方から左方に他の少女(訴外萩原玲子、当時小学校三年生)と手をつないで乙道路を横断歩行中の訴外亡郁に自車右前部を接触させてしまつた。本件自動車はキヤブオーバータイプ(俗称鼻なし)で前方にラジエター、エンジンルーム等が凸出しておらず運転席は右側で前方左右の見透しのよい構造の車両であるが、同被告は対面信号の変化にのみ気をとられていて前方左右の安全を十分確認することなく本件事故を惹起してしまつた。なお、同被告は本件事故前昭和四一年一一月以降昭和四二年八月までの間にいずれも道交法違反で各罰金に処せられたことがある。
(二) 他方、訴外亡郁は隣家の右萩原玲子に伴われて乙道路の自宅と反対側の神奈川通りへ駄菓子を買いに行つた帰途右の如く乙道路の自宅反対側の甲道路の切れた先端から自宅側の同道路歩道に渡るべく乙道路を横断してこの奇禍に遭遇したものであつて、その対面信号が青色の表示で横断を始め途中で黄色になつたか、或いは青色が黄色になつてから横断を開始したのかのいずれかであつた。しかし、厳格に云えば、前記の如く、本来横断すべからざる場所を横断したわけである。」という事実が認められる。
以上の事実に徴すれば、被告小笠原が前方左右の安全を十分確認せず、しかも乙道路の第二車線から本件交差点を左折しようとしたこと(二重左折の危険があり、本件においてもし第一車線に入つていて左折進行したならば、かかる事故は寸前でさけられたであろうことが推認される。)は明らかに同被告の過失と解せられると同時に、当時満三才一一月の訴外亡郁には責任弁識能力は固より事理弁識能力があつたとはいえないから同女に過失相殺にいう過失があつたとは解せられないが、その監護権義者である父母の原告両名において小学校三年の女子に任せきりでこの異状な道路の横断を放置したことは総じて被害者側の過失として過失相殺の理由たりうるものといわねばならない(勿論このような異状な交差点の状態、即ち、乙道路の交差点付近に、予算等の関係があるとはいえ、同道路横断歩行者のための横断道路の標示も標識すらも設置しなかつた公安委員会、所轄警察署、原告両名をふくむ付近住民の人命尊重に関する無神経さは洵に驚くべきことではあるが、これは別の次元の問題なので、ここでは暫く措く。)
されば、本件に於ては過失相殺をするを相当とすべく、その過失の割合は同被告85/100、被害者側15/100と判定する。
三 同三(責任)については、
(一) 被告小笠原は、右判示、認定したところにより明らかな如く、直接の不法行為者として、民法第七〇九条、第七一〇条、第七一一条に則り、本件事故に因り生じた財産的、非財産的損害を賠償する責任がある(後記第二に関連)。
(二) 被告会社が本件事故当時本件自動車の保有者があつたことは〔証拠略〕によりこれを肯認しうるから、同被告は、自賠法第三条本文、第四条、民法第七一〇条、第七一一条に則り、右と同じ責任がある。
(三) 被告森克の責任については、〔証拠略〕によれば、当時被告会社の従業員は約三〇名で大型貨物自動車一七両、小型貨物自動車四両を保有し、自動車の運行管理者として訴外太田勇かおり、整備管理者としては訴外石村トシオがおり、それぞれ車両の運行管理及び整備管理を専門に担当し、運転手雇入に当つては右の運行管理者と総務部長が面接し本人の運転歴等必要事項を聞きその資質等については右運行管理者が同乗して技術の程度を調査し、更に同業者等外部に本人の事故歴等をきくという実情で、同被告自身は右各責任者に職責を十分果すよう総括的に命じて一任しているのみで右各分野には直接関与せず、代表取締役として対外的な営業取引や資金ぐり等に当つていた事実が認められ、かつ、民法第七一五条第二項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは客観的に観察して実際上現実に使用者に代つて事業を監督する地位にある者をいい、法人の代表者は、現実に被用者の選任・監督を担当していたときに限り、当該被用者の行為について代理監督者の責任を負うと解するを正当とするから、本件において被告森は原告両名主張の損害賠償責任はないといわざるをえない。
四 同四(損害)については、
(一) 訴外亡郁の逸失利益 金二、九五四、九八三円
同訴外人は本件事故当時満三才一一月(約四才)であつたことは既に認定したとおりであり、当時健康な女子であり、両親は少くとも高校卒業(満一八才)の上就職させたいと思つていたことは〔証拠略〕によりこれを認めうべく、従つて原告主張の逸失利益算定基準及び方式は、控除さるべき生活費を五〇%とするを相当とする外は、正当たるを失わないから、その基準算定額は月額一〇、六〇〇円(年額一二七、二〇〇円)でホフマン複式計算法により逸失利益の現価を算出すると二、九五四、九八三円となる(127,200円×23.231(係数)-2,954,983)。
(二) 訴外亡郁の慰藉料 金二、〇〇〇、〇〇〇円
すでに判示、認定した事実その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、同訴外人の肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料は金二、〇〇〇、〇〇〇円を相当とする。
(三) しかして、原告両名が訴外亡郁の両親として唯一の相続人であることは〔証拠略〕によりこれを認めうるから、同人らは右(一)及び(二)の合計四、九五四、九八三円の損害賠償請求権をそれぞれその法定相続分(各1/2)に応じそれぞれ二、四七七、四九一円分宛相続したこととなる。
(四) 葬祭法要費用 金三〇〇、〇〇〇円(各金一五〇、〇〇〇円)
原告両名は斯種費目として個別的具体的に列挙し合計六六四、二四七円を訴求するが、すでに示した訴外亡郁の年令、原告正明の職業、原告両名の社会的地位、その他本件に顕れた諸事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係にあるこの費用は三〇〇、〇〇〇円を相当と判定する(相当性を考慮した綜合判定方式)。従つて原告一人当り一五〇、〇〇〇円の損害となる。
(五) 原告両名の慰藉料 金一、〇〇〇、〇〇〇円(各金五〇〇、〇〇〇円)
すでに判示、認定した事実、その他本件に顕われた諸般の事情を参酌すれば原告両名の愛児を失つたことによる精神的苦痛に対する慰藉料は同人ら主張のごとく各五〇〇、〇〇〇円を相当とする。
(六) 以上(三)乃至(五)の損害合計は原告両名において各三、一二七、四九一円となるところ、これに前記割合の過失相殺をするとその結果は二、六五八、三六七円となり、原告両名が本件事故につき自賠責保険金一、五〇〇、〇〇〇円の給付を受けたことは原告両名の自陳するところであるから、これをそれぞれ1/2宛(七五〇、〇〇〇円宛)右損害に充当控除して損益相殺をすると各一、九〇八、三六七円となる。
(七) 弁護士費用 金三八〇、〇〇〇円(各金一九〇、〇〇〇円)
本件事案の難易度、訴訟経過、訴訟活動及び認容額、その他本件に顕れた諸事情を考慮して、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は原告両名各自一九〇、〇〇〇円を相当と判定する。
(八) 右(六)と(七)の損害の合計は各二、〇九八、三六七円となる。
五 されば、被告株式会社まるあ運輸商会は原告両名に対し各金二、〇九八、三六七円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日たること明らかな昭和四二年七月二五日以降完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告両名の同被告に対する本件請求は、右限度内においてのみこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、原告両名の被告森克に対する本件請求は失当として棄却する。
第二 原告両名対被告小笠原桂純の間
被告小笠原の出頭関係、訴訟行為皆無の事実からして、同被告は認諾したわけでもなく、民事訴訟法第一四〇条第三項本文、第一項の適用もなく、又同法第二三八条所定の訴の擬制的取下にも該当せず、結局同法一四〇条第一項に則り原告両名の主張した事実を自白したものと看倣さるべく、この事実に弁論の全趣旨(同法第六一条の裏面解釈)として第一に掲げた同人の過失責任、各損害額の相当性、過失相殺及び損益相殺を考慮すれば、同被告は原告両名に対し第一の五掲記と同一の損害賠償義務があると解せられる。
第三 しかして、被告会社と被告小笠原の損害賠償債務は連帯債務であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、但書前段を、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項、第四項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 若尾元)
別紙(一) 請求の原因
一 被告株式会社まるあ運輸商会(以下被告会社という。)は、自動車による運送を業とするものであり、被告小笠原は被告会社の被用運転手として右運送に従事していたものである。
二 被告小笠原は昭和四二年七月二四日午後一時四五分頃、事業用大型貨物自動車(神一え二七八号、以下本件自動車という。)を運転し、横浜市神奈川区神奈川通り八丁目二九二番地先の自動信号機のある交差点で赤信号のため一時停止したのち、信号が青にかわつたので出田町方面から横浜方面に向つて発進して左折したが、同所の左右両側は人家及び商店が建ち並んだ広い交差点で、しかも信号が青色を示した直後であるから、自車前方を稍遅れて横断してくる歩行者のあることが予想されるので、自車の前方及び左右を注視し周囲の安全を確認したのち発進すべき注意義務があるのに、これを怠り、横断歩行者があるため自車側面の他車が停止しているのに拘らず、対面信号のみに気をとられて右前方の安全確認不十分のまま漫然発進した過失により、右方から左方に向い自車前の直近前方を横断歩行中の訴外萩原郁(当時満三才一一月)に全く気付かず、同人に自車前部を接触させて路上に転倒させたうえ、自車右前輪で同人を轢いて死亡するに至らしめたものである。
三(一) 被告小笠原は、被告会社の被用運転手として勤務していたものであるが、本件事故は被告小笠原が被告会社保有の本件自動車を運転して被告会社の業務に従事中、前記のとおり被告小笠原の過失によつて惹起されたものであるから、次項の損害賠償をすべき義務がある。
(二) 被告会社は運送業務を行う会社であり、本件自動車を自己のために運行の用に供していたところ、その運行によつて本件事故を惹起したものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により次項の損害を賠償すべき義務がある。
(三) 被告森克は、運送業務を行う被告会社の代表者として被告会社に代つて事業を監督する地位にあつたところ、本件事故はその事業の執行中惹起されたものであるから、民法第七一五条第二項により次項の損害を賠償すべき義務がある。
四 本件事故により萩原郁及び原告両名が蒙つた損害は次のとおりである。
(一) 萩原郁の得べかりし利益の喪失 金四、二三七、二八二円
萩原郁は当時満四才の健康な女子であり、就労可能年数表によると、満一八才から就労するとして就労可能年数は四五年であり、萩原郁の知能及び同人の父母の生活が平均的水準のものであり、萩原郁に対し最低にみても高等学校を卒業させる予定であることは明白であることを考え合せると、本件事故に遭遇しなければ、高校卒後である満一八才から四五年間稼働することができたはずである。
昭和四二年度の労働省労働統計調査部による調査表(賃金センサス)によると、企業規模一〇人以上における高校卒女子の一八才における月収は金二一、二〇〇円であるところ、同人の一ケ月に要する生活費相当額金六、〇〇〇円を差し引くと一五、二〇〇円となる。
従つて、同人は本件事故による死亡の後、満一八才から四五年間にわたり毎年金一八二、四〇〇円の損害をうけることになるが、これを本件事故当時の一時払額に換算するため、ホフマン式計算方法に従い各毎年の純収益額につき民法所定の年五分の割合による中間利息を控除し、これを合算すると金四、二三七、二八二円となる。
182,400円×23.23071705=4,237,282円
(二) 萩原郁の慰藉料 金二〇〇万円
萩原郁は本件事故により致命傷をうけ前途ある将来を失い、若年にしてこの世を去つたものであり、本件事故の原因、態様、その他諸般の事情を考慮すると、同人の精神的苦痛に対する慰藉料として金二〇〇万円が相当である。
(三) 原告両名は萩原郁の直系尊属として相続人であるので、前記(一)(二)の計金六、二三七、二八二円の1/2である三、一一八、六四一円の損害賠償請求権を相続した。
(四) 葬式費用の支出による損害 各金三三二、一二三円
内訳
1 葬儀費 金二〇九、八〇〇円
2 会食費 金三七〇、〇八二円
3 交通費 金六五、七五五円
4 文書費 金三、〇〇〇円
5 雑費 金一五、六一〇円
右の通り、原告両名は合計六六四、二四七円を支出したので、その1/2の三三二、一二三円の損害をそれぞれ蒙つた。
(五) 原告両名の慰藉料 各金一〇〇万円
原告両名は亡萩原郁の父母であり、長女である同人を養育していたものであり、知能の発育、健康状態も良好で、その将来に大きな期待をかけて愛情を注いでいたところ、全く予期しない本件事故によつて掌中の玉を奪われた精神的打撃は、はかりしれないものがある。
この原告両名の精神的苦痛を慰藉するには、原告両名各金一〇〇万円が相当である。
(六) 弁護士費用 各金四七〇、〇七六円
原告両名は被告らが支払をしないため、原告訴訟代理人に対し本訴提起を委任し、その際着手金として金一〇万円を支払い、勝訴判決をえた場合には成功報酬として横浜弁護士会報酬規定に基き、成功額の一割を支払うことを約束した。
よつて、前記(三)、(四)、(五)の損害額合計金四、四五〇、七六四円から後記強制保険金一五〇万円の1/2である金七五〇、〇〇〇円を差し引いた残額金三、七〇〇、七六四円につき、右一割の割合を乗じて成功報酬の額を算出すると金三七〇、〇七六円となる。
これと着手金一〇万円との合計は金四七〇、〇七六円となる。
(七) 原告両名は自動車損害賠償責任保険から保険金一五〇万円を各1/2宛受取つた。
五 よつて原告両名は、被告ら各自に対し前記損害金から強制保険金一五〇万円の1/2である七五〇、〇〇〇円を控除した残額金四、一七〇、八四〇円及び右金員に対する不法行為の日の翌日である昭和四二年七月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
以上
別紙(二) 答弁
第一 原因に対する認否
一 請求の原因一の事実は、認める。
二 同二の中、被告小笠原が原告両名主張の日時、場所で本件自動車を運転左折するに際し横断歩行中の訴外萩原郁に自車前部を接触させ、因つて同女を死亡するに至らしめたことは認めるが、その余は争う。
三 同三の中、(一)及び(二)を争い、(三)を否認する。
四 同四の中、(七)の事実(原告両名が本件事故につき自賠責保険金一五〇万円を受取つた事実)のみを認め、その余はすべて争う。
五 同五は、争う。
第二 被告両名の主張
一 本件交通事故の態様
(一) 本件交通事故の現場は通称出田町交差点と称され、国道一号線(全幅員三六米車道二八米歩道各四米)と出田町埠頭方面からの市道(全幅員一四・六米歩車道の区別なし)とが交差する三差路で、両道とも交通量の頻繁な道路である。
亦国道一号線には歩車道の区別があり、同道路上には横断歩道の白線標識がなされているが、本件事故の発生した市道は歩車道の区別がなく、本件事故当時横断歩道がなかつたものである。
(二) 被告小笠原は助手訴外塩沢政美を同乗させ、出田町に在る協同飼料株式会社から相模原種鶏場に向うべく市道を進行中出田町交差点で信号が黄色となつたので、同交差点を左折すべく停止線で停車した。
同交差点の信号は
国道 市道
青 七五秒 四一秒
黄 四秒 四秒
赤 四五秒 七九秒
の時間で自動的に操作されているものである。
信号表示の赤が長いことを知つていることから、被告小笠原は一服つけて、前方の信号が青の進めの表示するまで待つていたものである。
この交差点は国道の交通量が頻繁な為信号が変つても、東京方面から横浜方面へ向う車が途切れなければ直ちに発進出来ないものである。
(三) 被告小笠原は自車の左右、前方を、助手訴外塩沢も前方左右を注意し発進したところ、
横浜方面から東京方面に向つて、国道を出田町交差点で右折し、出田町埠頭方面に進行すべく交差点で停車し東京方面から横浜方面へ進行する車を待つていた訴外三浦武志が、その車の流れが止まつたので出田町方面に右折し終えた処、同訴外人が被告小笠原に停止の合図を大声でしたので、被告小笠原は急制動措置を講じたが、訴外亡萩原郁に自車の右前バンパーと、右車輪を接触させたものである。
従つて被告小笠原は自車の前方左右を注視したが、市道を横断していた訴外亡萩原郁(三才)訴外萩原良子(九才)を発見することができなかつた、これは丁度両訴外人等が死角に入つてしまつたもので、対向する訴外三浦武志からしか発見出来ないものである。
(四) 被告小笠原の運転する自動車は発進して直ぐで、その速度はせいぜい四粁位であり、信号待ちしていた地点から約二米余前進した地点で訴外亡萩原郁に接触しているものである。
右のことから、訴外萩原良子に連れられた訴外亡萩原郁は信号が黄または青であつたとしても黄に変はる直前に車の頻繁に行き交う市道を横断しはじめたものである。
二 本件交通事故の過失割合について
本件交通事故の過失割合を決定する要素を列記すれば
(一) 横断歩道上でない
(二) 交通信号により整理されている
(三) 歩車道の区別がなく、車が非常に輻輳する道路で人は余り歩行しない
(四) 被告小笠原は青信号の進めの指示に従つて発進した
(五) 訴外亡萩原郁は三年一〇月で、これを連れていた訴外萩原良子は九年のいづれも女子である。
(六) 訴外人両名は信号が黄、青であつても黄色に変はる直前に道路を横断しはじめた
であるから、被告小笠原に対し責めらるべき過失は非常に少で三割程度のもので、却つて訴外人等に責めらるべき過失が大で、その割合は七割程度のものである。
亦訴外亡萩原郁は未だ責任能力なきものと推測されるから、右の責めらるべき過失を負担するものは、訴外亡萩原郁の看護者である両親の原告両各であることは明らかである。
三 原告主張の損害について
原告の主張する逸失利益の算定について
(一) 原告の主張する如く統計表により、訴外亡萩原郁の稼働年数が四五年であり、亦その収入が月額二一、二〇〇円であるとしても、原告は生活費等相当額として三割未満の金六、〇〇〇円を差引いているが、最低でもその収入の四割に相当する金員を必要とすることは明らかである。すると、月額二一、二〇〇円の収入を得るに必要な金員四割は八、四八〇円であるから月額は一二、七二〇円であり、年額は一五二、六四〇円となるものである。
(二) 次に原告は現在値を求める方法として稼働年数四五年の係数を直ちに乗じているが、訴外亡萩原郁は昭和三八年八月三一日出生したものであり、本件交通事故は同四二年七月一四日に発生したものである。すると同訴外人は一八年に至るまでの一五年間は両親である原告両名の扶養を受けるものであるから之を控除しなければならない。
(三) 更らに逸失利益の現在値を求むるとしても、一五年を経過した後に発生し、其処から四五年間となる訳であるから、その現在値を求めるには、未就労期間に就労期間を加えた六〇年の係数から未就労期間の係数を差引き、その係数と年数を乗じたものが、求められる現在値となる訳である。
<省略>
<省略>
前記の如く原告等の扶養すべき期間を一五年として、原告主張の如き金額月額六、〇〇〇円を要するとしても年間七二、〇〇〇円を扶養するに要し、これに一五年の係数を乗ずればその現在値が算出し得る。
<省略>
であるから、訴外萩原郁の逸失利益を計算すれば二、四九九、三一二円から七九〇、六一七円を差引いた残、金一、七〇八、六九五円が逸失利益として正当な金額となる。
四 原告主張の慰藉料について
原告は死者の分として金二〇〇万円を両親である原告各自の分として各金五〇万円宛を請求しているが、原告の求める訴外亡萩原郁についての慰藉料は認められない。
五 原告主張の葬儀費について
通常葬儀は死者の生活環境等により異るものであるが一般に小児の葬儀は少額であることは公知の事実である。只交通事故による死亡ということからして、通常の場合と異る点は認めらるゝが、その場合でも二〇万円乃至三〇万円程度を以て相当と考えるものである。
六 原告主張の弁護士費用について
被告が反論する結果を以て算定すればその額は著じるしく異り、少額のものとなる。
七 被告等の負担すべき損害について
前述のとおり原告等が相続する逸失利益その他のものを合算し、之に各自の過失割合を乗すれば、原告等が既に自動車損害賠償保障法に基づいて受領した金一五〇万円を差引けば、被告等の負担すべき損害は零乃至僅少の額となることは明らかである。
別紙(三)
被告株式会社まるあ運輪商会及び同森克両名の主張に対する原告両名の認否、予備的主張及び反論
第一
一 本件交通事故の態様について、被告両名主張の
(一) は認める。
(二) 中、被告小笠原が一服つけたことは認めるが、その余の事実は不知。
(三) 中、横浜方面から東京方面に向つて国道を出田町交差点で右折し、出田町埠頭方面に進行すべく交差点で停車し東京方面から横浜方面へ進行する車を待つていた訴外三浦武志がその車の流れが止つたところで、同人が被告小笠原に停止の合図の大声を出したこと、訴外亡萩原郁に右車輪を接触させたことは認めるが、その余の事実は否認。
(四) は否認。
二 中、(二)、(五)は認めるが、その余の事実は否認。その余は争う。
第二 原告の予備的主張
(一) 請求原因第四項(二)萩原郁の慰藉料金二〇〇万円がかりに認められない場合は、(四)原告両名の慰藉料各金五〇万円合計金一〇〇万円とあるのを、(四)原告両名の慰藉料各金一五〇万円合計金三〇〇万円の拡張をして主張する。
(二) 被告株式会社まるあ運輸商会及び被告森克は、被告の過失はすくない旨主張するが事実に反する。
被告小笠原桂純は、本件現場付近で停止中、全く左右前方を注視せず、悠然と煙草に火をつけ、青信号になると同時に漫然と発車し、訴外萩原郁に自車を衝突させたことにも気付かずそのまま進行しようとしたところ、対向車の運転手訴外三浦武志に声をかけられて停車したものである。
従つて、被告小笠原は全く前方注視、安全確認の義務を怠つて進行したものであつて、訴外萩原郁にはなんらの過失はない。
また、被告は被害者の監護者たる原告両名の過失を主張している。
被害者は責任能力がないとしても、被害者自身に過失が認められない以上、監護者に対する監護責任の生ずる余地はない。
本件事故現場は横断歩道はないが信号機による交通整理が行われている場所であつて、信号機の表示を遵守して歩行者が通行し、車両もこの表示に従つているならば、事故の起りえない場所である。
本件事故は被告小笠原が進行方向の信号機が青色に変る直前、左右前方に注視せず、悠然と煙草に火をつけていたため、横断中の被害者萩原郁、萩原良子の両名のいづれにも気が付かず、青信号に変ると同時に発車したため、本件事故を惹起したものである。
被告小笠原が運転者として遵守すべき安全運転義務(道交法七〇条)をごく普通に心がけてさえいれば、つれだつていた子供二名は容易に確認できたものである。
又、本件事故現場の道路は幅員一四・六米であり、事故は渡りきる五米前に発生したものであること、子供の歩行速度、青色に表示が変つた直後の事故である等を併せ考えると、被害者が本件通路を渡り始めたのは信号機が青色を表示していたときであつたことが推認される。
してみると、本件事故は被告小笠原の安全確認、前方注視義務違反から生じたものであり、被害者には責められるべき過失はない。
本来監督者の責任は、客観的には無能力者に過失が認められても、責任能力がないため責任を問いえない場合において、その過失責任を監督者が負うものであり、無能力者に責任能力以外の不法行為の要件をみたすなにものもなく、なんら責めらるべきものがない場合には、監督者の責任を問うことはできないものである。
かように解さなければ、監督者責任は無過失責任となつてしまうのである。
従つて、本件事故のように被害者に過失が認められない場合には、監督者責任の生ずる余地はない。
(三) 被告森克個人の監督者責任について
被告森克が被告会社の代表者であること、被告会社が被告森の個人会社であり、貨物運送業を営んでいることは自認しているところである。昭和四二年当時の従業員は約三〇名、運転手は約二五名程度の小企業である。
個人会社であり貨物運送の小企業としては、運転手はまさに会社の中枢であつて、運転手の事故率いかんは会社の存亡にかかるものといつて過言ではない。にもかかわらず、被告森は自ら被告小笠原と面接することなく雇入れていること、前歴調査を徹底的に行つていなかつたこと等の事実は、被告森が被告小笠原を選任するについて過失があつたものと認めることができる。
更にすすんで、本件事故車両の行先である協同飼料株式会社は被告会社の取引の九〇パーセント以上をしめる得意先であり、被告小笠原は殆ど右会社の飼料運搬に従事していたものである。
被告小笠原は進行経路を熟知しており、被告森は右事情からすると、右経路の交通事情を予知していたことが考えられるから、被告小笠原に対し充分説明、注意をなす等細心の努力を払うべきであつたのに、これを怠つていることは監督について義務違反があると認められる。
従つて選任、監督いづれの点からみても、被告森には過失があり、監督責任を負うべきものである。
第三 原告の請求の拡張にかかわる債権に対する被告の消滅時効の抗弁に対しては、
被告の消滅時効の抗弁は否認する。
原告両名は本訴提起によつて、本件事故に基く不法行為を原因として、亡訴外萩原郁が蒙つた経済上ならびに精神上の損害賠償請求権の相続債権及び原告両名自身の精神上の損害賠償請求権を行使しているものである。
即ち本件事故に基く損害の全部について請求する趣旨で提起したものである。
本件請求の趣旨の拡張は、右請求権のうち主として原告両名自身の慰藉料額を拡張したものにすぎず、既に行使している請求権と別個の性質を有する新たな請求権を行使するものではない。このような場合には、訴提起により損害賠償請求権の全体について時効中断の効力が生ずると解すべきであつて、拡張部分だけが独立して消滅時効にかかるものではないと考えるべきである(広島地判昭四四・一・二八判例時報五六七号六四頁、大高判昭四四・五・一五判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕二三五号、大地判昭二七・八・二〇判例タイムス〔編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる〕二八号)。
けだし、不法行為(交通事故)の結果発生すべき損害額は、証拠調の結果及び交通事故裁判例の確定的判例の集積等によつて始めてその債権額を確知できる場合が少くないのみならず、賠償額は増加をたどるのが判例の傾向であるから、審理の途中において請求金額を拡張する必要がおこりうるのは当然のことである。
原告両名は訴提起により自己の有する損害賠償請求権のすべてを請求したものであり、同一の損害賠償請求権であるかぎり、のちに請求の拡張をした部分についても「裁判上の請求」がされたものと考えるべきである。このように解釈しても時効制度の本来の趣旨に反することはありえない。のみならず、かえつて被害者の公平な保護をはかる目的に合致するものである。